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神田忠如です、ようこそお越しくださいました。私は坐禅をしたり、ときには仏壇に向かって拙い読経をしてみたりしますが、ふと、着ている服が、ユニクロだったりヘインズのシャツだったりすることに違和感を感じてしまいました。そんなわけから生まれた、というか、新たな試みとして提案したくなったのがこの「着経」です。お経を読む「読経」(どっきょう)、お経を写す「写経」(しゃきょう)… これらになぞらえ、お経を着る「着経」(ちゃっきょう)と命名しました。
今日「お経」というと文字で記された「経典」を想起しますが、そもそも、インドに仏教が誕生したB.C.4〜5世紀には、まだ「文字」は発明されておらず、当然、「文字で記す」ということも行われていません。そのころは、「音声」による暗唱によって伝承されていました。
その後、紀元前後ころから次第に貝葉(palm leaf )、樺皮(birch bark)などに文字で記され、物理的な典籍、すなわち「経典」による伝承が始 まったと考えられています。
ここで興味深いのが、この経典としての整備が進んだ時期と、大乗仏教が勃興する時期が重なることです。
旧仏教(部派仏教・旧称「小乗仏教」)
そもそも、出家者にとって衣服はとても大切なものです。インドの初期仏教のお坊さんたちの生活を規定した文献の「律」には、「衣犍度」(ころもけんど)という章があり、衣服についてのルールが細かく定められています。ところが、在家者の衣服については、出家者の「律」に相当する生活上・集団運営上のルールを定めた文献がないのでしかたありませんが、詳しく語っている文献はありません。
ところで、